風が吹くとき
【ネタ】…アニメ 風が吹くとき(1986) 原作:レイモンド・ブリッグズ 監督:ジミー・T・ムラカミ 日本語版監修:大島渚
【説明】…1982年にイギリスで出版された同名のグラフィックノベルをアニメーション映画化した作品
原題『When the Wind Blows』。原作者のレイモンド・ブリッグズは映画版の脚本も行っている。
主人公は、イギリスの片田舎で静かな年金生活をおくっている老夫婦。
しかし、世界情勢は日に日に悪化の一途をたどっており、ある日、戦争が勃発する。2人は政府が発行したパンフレットに従って、保存食を用意し「シェルター」を作るなどの準備を始める。
そして突然、ラジオから「3分後に核ミサイルが飛来する」と告げられる。命からがらシェルターに逃げ込んだ2人はなんとか難を逃れるが、放射能がじわじわと2人を蝕んでいく。救援がくると信じて止まない2人は、次第に衰弱し……。
【独断】…良質トラウマ製造作品
二次裏で評判だったアニメ作品を見ていこうツアーその9。『風が吹くとき』。
幼少期のとしあきにトラウマを植え付けまくった作品の一つ。二次裏でも昔からちょくちょく画像(コラ含む)が貼られている。
作品のテーマ上、ネタとして使うのも不謹慎な話だが、としあきもみんな作品の本質的な部分とは別離して話題にしているだけなので、許してやって下さい。
核の悲劇を題材にした有名な作品といえば、『はだしのゲン』がある。
どこの小学校の図書室にもなぜか必ず単行本が置いてあって、いたいけな児童が「図書室にマンガが置いてあるー♪」と思って手に取ってみると、ものの見事にマインドがブレイクされる。
核爆弾による熱線、爆風、放射能の被害が地獄絵図の如く描かれているのだ。
被曝国ならでは、生きた声を基にしたリアルな悲劇がこれでもかとページに叩き付けられていて、日本の子供はまずそこで「ヤバイ。核、マジヤバイ」と学ぶのである。
スプラッターでド直球に悲劇を描く『はだしのゲン』が“動”だとすれば、『風が吹くとき』は“静”の表現を以て核の恐怖を描いている。
本作の主人公であるイギリス人の老夫婦は、母国の片田舎で平穏に年金暮らしをしている。
仕事を引退して特にやる事はないが、テレビや新聞などを見て国際情勢に触れているしっかり者の夫。政治にも戦争にも興味はないが、ひたすら家事をこなし長年家を守ってきた妻。
変化に乏しくも、平和で幸せな家庭がそこにはある。
しかし、ラジオをつけてみると、国際情勢が悪化し戦争が勃発するとのニュースが唐突に流れてくる。
夫はとりあえず政府が発行した核兵器対策パンフレットに従い、家庭用核シェルターを作り始め、妻はそんなことはどうでもいいとばかりに家事を続ける。
御上の言う事に素直に従う堅実な夫と、家のことを一番に考える家庭的な妻、この二人のやり取りは、まるで戦争なんて嘘なのではないかというほどに牧歌的だ。
夫が核爆弾の放射能対策のために窓をペンキで白く塗るが、そのペンキを誤ってカーテンにも付けてしまう。それを見た妻は「カーテンを汚さないで!」と怒る。ニコリと笑って誤魔化す夫。
「爆撃なんてヒトラーでコリゴリだから、“イギリスに爆弾を落とさないで”とソ連に手紙を送ったら」と、妻は冗談を言い、夫はそれに乗って軽口で返す。
パンフレットに従い、核爆弾の熱線対策に大きな紙袋をかぶってみる夫。ハロウィンのようなその格好を見て笑う妻…。
まるでちょっとした台風にでも備えているかのようだ。あまりにも日常的で、和やかな雰囲気で、そこに死の気配はない。少なくとも二人は、自分たちが本格的な命の危険に晒されるとは思っていない。ただいざというときに備えて“万全”を期しているだけである。
そう、二人とも核兵器がどのような威力なのか解っていないのだ。体に悪い汚れを放つ結構強い爆弾…くらいの認識だ。
ただ政府が発行したパンフレットを信じ、従い、「これで安心だ」と思っているだけである。
ドアを適当に立て掛けただけの核シェルター、なんの加工もされていない白い衣類の着用。これで熱線も放射能も耐えられると信じている。なぜならパンフレットにはそう書いてあるからだ。奥さんに至っては自分たちの住んでいるところが爆撃されるとも思っていない。戦争なんて気が付けば終わっているものだと思っている。
しかし、ソレは無情にもやってくる。
ラジオが唐突に「3分以内に敵国の核ミサイルが到達します!」と知らせてくる。
夫は妻を抱きかかえ、急いでシェルターに避難する。ミサイルが家に直撃さえしなければ大丈夫だと思っている妻は、つけっぱなしのオーブンの心配をしている。
この核ミサイル着弾のシーンはもの凄い。
街が消し飛んでいく最中 、爆風が主人公宅に到達するまで、奥さんの「ケーキがこげる!」という脳天気なセリフが繰り返し流れているのだ。これは、あまりにも、あまりにもブラックなセンスだろう。
【説明】の項にあるように、二人は爆発の直撃は避け、その場は生き延びる。しかし、残留した放射能が二人を次第にむしばんでいく…。
大まかに言って、前半30分が核シェルター作り、残り40分くらいで核着弾から衰弱していく二人の様を描いている。
前半部は美しい映像に充ち満ちている。ひたすらに広く青い空、緑溢れる田舎道、可愛らしい野中の一軒家、元気で仲の良い老夫婦、全てが明るく暖かく輝いている。
そして、後半部はその全てが核によって破壊され、冒され、死んでいく。
この前半・後半の対比が凄まじく、アニメのカワイイ絵柄がより悲惨さと恐怖を際立たせる。
高濃度放射能に包まれる部屋の中で、夫婦は相変わらず脳天気に日常生活の心配をする。「物資は政府がなんとかしてくれる」「新しい家具を買わなくちゃ」。片田舎に住んでいるため、街がどうなってしまったのかもわからない。自分たちが“助かっていない”ことにも気付いていない。
乱暴な言い方をすれば、視聴者を怖がらせるための話なので、このあとはそりゃもう悲惨である。
興味深いのは、このアニメ、見る人によって感想がかなり違う…というか見所が多いため、食いつく場所が違うのである。
例えば、日本での劇場公開当初、広島原爆体験者の方からは「核の恐ろしさ、悲惨さはこんなものじゃない」という意見が寄せられたりした。
確かにそうなのだろうし、例えば先の『はだしのゲン』のスプラッターに比べたらグロいというほどの場面は出てこない。とはいえ、これは表現方法の違いなので、一概にそれが悪いとは言えない。『風が吹くとき』の静かで皮肉に満ちた死の描き方は、これはこれで破壊力がある。
また、この老夫婦の所行をどう捉えるかによっても、感想に差が出る。
政府のマニュアルを盲信する夫婦に「愚鈍である」という感想しか抱かない人もいる。一方で「良識溢れる最高の夫婦じゃないか」と言う人もいる。
これはどちらもその通りと言えるだろう。国民の義務と責任を果たしていれば国が報いてくれるというダンナさんの感覚は、その常識の下で生きてきた年輩者としては当たり前のことである。家庭を第一に考え、ひたすらに家事をこなす奥さんにも落ち度などない。慎ましやかに幸せを育んできたこの二人は、間違いなく善人だ。
ただ、御上の言う事を無条件に信じ、戦争を劇場の出来事であるかのように捉えるその感性は、ともすれば「他人任せ」「他人事」に依った価値観であるとも言える。
この物語を、一組の夫婦のラブストーリーとして捉える見方もある。
対核攻撃の準備をする二人のやり取りは、非常に仲むつまじく、老年を迎えた男女のあり方として完成されている。
そしてそれは彼らが被曝し、刻一刻と衰弱していく最中も変わらない。最期まで彼らは夫婦であり続ける。正に「健やかなるときも病めるときも」だ。
核ミサイル着弾時にも、二人が結婚に至るまでの幸せそうなイメージ映像が流れてくる。
こうして見ると、もの凄いラブストーリーだ。
当然、作品のテーマ上、核戦争そのもの、またその認識不足に対する痛烈な皮肉と批判も込められている。
この夫婦が盲信した対核攻撃パンフレット、実は1980年代初頭までイギリスに実在したのである。子供の秘密基地のような核シェルターは、本当にイギリス政府のお墨付きだったわけだ。
その他の資料を見ても、当時のイギリスの核兵器に対する認識はかなりヒドイ。まるで雷避けのような対策しか書いていない。
『風が吹くとき』の原作グラフィックノベルが発刊された直後、こういったマニュアルの類はすぐに回収されていったそうだ。
仮にも先進国イギリスでこれなのだから、世界的一般的な核兵器に対する認識って、つい最近までかなり漠然としたものだったのかも知れない(かく言う私もきちんと把握できている自信はないが…)。キューバ危機とかもあったはずなんだけどな…。
…ネタバレというか何というか、今回のエントリーはかなり具体的に本編の内容に触れてしまったが、この作品を見る人というのは、ほとんどの場合、その内容を予めある程度知っていると思われるので、多分大丈夫…だと思う。
むしろ、内容を知らずにDVDジャケットの可愛らしい絵柄に釣られてレンタル視聴とかしたら、結構なショックを受けるかも知れない。
ちなみにアニメそのもののデキはかなり凄い。技術的なことはわからないが、ボケーっと見ているだけでもその映像に「おおっ」と思わされる。
絵、クレイ、実写が自然に組み合わされたアニメで、カメラのアングルが回転したり、ズームアウトしたりして、「あれ? これCG?」と思わされる場面もチラホラある。人物の動きも細かく滑らかで、わかる人が見れば相当感動するのかもしれない。
未見の方で、興味を持たれた場合は是非御覧になって頂きたい。
人によっては、この夫婦のやり取りが好きで何度も見てしまう…ということもあるそうだ。
二次裏住人の心に永遠に残る名作『風が吹くとき』、必見の一作である。
おわり
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