空手超バカ一代


【ネタ】…エッセイ 空手超バカ一代(2009.6) 著:石井和義 文藝春秋
 
【説明】…格闘技イベント「K-1」の生みの親・石井和義氏が自身の半生を綴った自伝
フルコンタクト空手団体「正道会館」の館長であり、立ち技格闘技イベント「K-1」の創始者でもある石井和義氏が、法人税法違反および証拠隠滅教唆により服役していた2007年6月から2008年8月の間に書き綴った自伝。
刑務所の中から信書という形で友人や部下に送っていたものを整理して再構成した本。
今回は格闘技ファンでないとわからない部分もあるかと思います…。
 
【独断】…「私はいいケツをしている」石井和義
今年、2011年はK-1 WORLD GPが行われない年となった。
1993年から始まったK-1 WORLD GPが、18年目にして初めてその歴史に穴を開けることとなってしまった。原因は主催会社FEGの財政難。ギャラの不払いが次々に発覚し選手の流出を招いた。一格闘技ファンとして非常に残念である。
K-1の功罪に関して掘り下げられるほど詳しくはないけれど、その存在意義の大きさは漠然と分かる。立ち技格闘技のビッグタイトルであり、世界でも希有な専業格闘家を生み出す舞台でもあったK-1。その灯が一時的にでも消えるというのは、プロ格闘家・プロ格闘家志望者たちの夢が静かに打ち砕かれてしまったということでもある。
世界的に長らく続いていた格闘技の“ブーム”も去り、格闘技イベントのあり方は今後より難しくなっていくのだろうと思われる。
 
これといってボケもなく始まりましたが、終始こんなんです。
今回ご紹介するのはそのK-1の生みの親である石井和義氏の自伝『空手超バカ一代』。
貧乏だった子供の頃の話から、空手の稽古に明け暮れていた10代の頃の話、サラリーマンを辞めて師である芦原英幸氏に付き従い専業空手家になったときの話、その芦原氏との決別、正道会館K-1を盛り上げていったときの苦労話、服役生活の話、昨今の日本社会に思うこと、等々が石井節(何それ)で綴られている。
脱税と証拠隠滅教唆の服役中に執筆されたもので、信書として知人達に送っていたものを再構成し本としてまとめてある。
 
服役中に書かれたというと週刊誌的な暴露話を期待しがちだが、これといってセンセーショナルな話題はない。わりと普通に自身の半生と思うことなんかが書かれている。K-1関連の濃い話を期待した人からすると物足りないかもしれない。
また、書かれているエピソードも「どうやって」とか「どういう経緯で」とか、そういう具体的なところが中抜けしている感が否めない。出来事の結果とそれに対する石井氏の考え・思いが散発的に書いてある印象で、正直、そんな掘り下げた内容ではない*1
ただ、「石井氏が極真空手の祖・大山倍達氏や、極真から独立した芦原英幸氏をどう思っているのかが分かる」…という意味でこの本の価値はある。
特に直接の師であった芦原氏とのやり取りは、この本に記載されたエピソードの中ではハショリも少なくドラマチックに描かれている(あくまで石井氏目線)。極真芦原道場時代と芦原氏との決別は個人的には興味深い内容だった。
 
「石井氏は元々極真会館所属だった」と言うと、若い格闘技ファンの中には「え!?そうなの!?」と驚く人もたまにいるが、凄く乱暴なことを言えば有名なフルコンタクト系の空手団体の創始者は大体は極真会館の出身である。
これは「極真は人材がもの凄く豊富!」ということもあるのだろうが、言い換えれば発展しつつも分裂を繰り返しているわけで、組織運営の面で問題があるのは否定できない。
金銭、組織運営の考え方、技術追求の方向性、プロ興行への参加の是非、人間関係、組織での立場…等々、様々な理由で“独立”が繰り返される。
極真黎明期の名指導者・名選手たちはもはやそのほとんどが自分で団体を起ち上げ大元の極真会館には所属していない。
大山茂(国際大山空手)、中村忠(誠道塾)、加藤重夫(藤ジム*2)、山崎照朝(逆真会館)、廬山初男(極真館)、添野義二(士道館)、佐藤勝昭(佐藤塾)、東孝大道塾)、二宮城光(円心会館)、皆それぞれに自分の団体を持っている。…真樹日佐夫先生に至ってはもう何をやっているんだかさっぱりわからない。
 
で、件の石井氏は、元々は高校生の頃に極真会館四国支部芦原道場に入門したのである。
そこで師である芦原英幸氏と出会い空手修行に励む。社会人になり、普通に会社勤めをしながら稽古も続けていたのだが、ある日芦原氏から道場経営を半ば強制的に任されることになる。稼ぎの良かった仕事も辞め、なんの当てもないまま大阪に飛ばされてしまう。しかし「男が一度決めたら!」と奮起し、そこで道場を開き生徒を激増させる。そしてそのまま事実上極真関西地区総責任者になってしまう…というわけだ。
なんたる超有能ぶり。
しかし関西地区総責任者といっても、増やした道場生たちはあくまで「芦原道場」の道場生なので自分の懐には一銭も入ってこない。入ってくるのは素渡し固定給の11万だけ。ぶっちゃけ死ぬ。徒弟制度の世界には労基なんて存在しない。
 
「ケンカ十段」の異名で『空手バカ一代』にも登場し、全国にその名を轟かせていた芦原英幸氏。
本書によると芦原氏はガキ大将がそのまま大人になったような感じで、かなりむちゃくちゃな人だったらしい。
親方である極真会館にどれほどの割合でお金を入れていたのかはわからないが、大阪を任せた石井氏から毎月大金が送られてくるようになった芦原氏は、四国の本部道場に空手とは切り離したスポーツクラブを建てたり、空手の宗教法人化を考えたり、かなり好き勝手やっていたようである。
しかし、どれだけ道場を拡大させようが石井氏の給料は変わらなかった。
日々貯金を切り崩し、もはや生活ができなくなってきた石井氏はついに給料アップの交渉に踏み切る。芦原氏は1万円だけ給料アップを約束し話を濁すが、その直後周りの指導員たちに「石井はカネのことを言い始めた!あいつは危ない。これからはお前達が関西を運営していけ」と言って回ったそうだ。
 
結局それが決定打となり、石井氏は芦原道場と袂を分かつこととなる。
この直後に石井氏は正道館(現・正道会館)を、芦原氏は極真を離脱し芦原会館を設立させる。共に1980年のことだ。
当時の具体的な人の流れは関係者でないと分からないところだろうが、関西の道場生は石井に付いて、四国の道場生は芦原に付いてという感じだったのだろうか? あるいは直接の先輩後輩・師弟関係によってどちらかに付かざるを得なかったという道場生もいただろう。極真門下でありたいと思った道場生は一度辞めざるを得なかったかも知れない。このとき関係者は大混乱だったはずだ。
ともあれ、ここから正道は怒濤の勢いで勢力を伸ばし、世界的な格闘技イベント「K-1」を起ち上げるに至る*3
 
極真を離脱したアンディ・フグ正道会館が受け入れて彼をスター選手として売り出した際に、大山倍達氏が「石井くんのような才能はうちにも欲しかった」と言っていたそうだ。以前、そんな記事を格闘技雑誌か何かで見掛けたことがある。
「これだ!」と思った時の嗅覚と行動力・決断力が半端ではないのだろう。その後アンディはK-1を象徴する選手として格闘技ファンのみならず世間一般にも知られる超有名選手となった。
道場経営に関してもイベントの企画に関しても、石井氏は相当なやり手であったことは間違いない。だって、芦原氏と別れてその後極真にも所属せずしっかり独立して独自路線で大イベント起こそうってんだから、元々野心も十二分にあったのではないかと思う。
バイタリティに溢れ、目的を達成するためにはどんなことでもしそうな感じはする。
 
実際この自伝でも、「え?それって結構問題なんじゃないの?」って話があまり悪びれもせずにツラツラと書いてある。
たとえば、ボクシングに本格転向しようとしていたジェロム・レ・バンナドン・キングから取り返す話では、バンナの負けシーンを集めたPVを作ってネガキャンによって手放させるのだが、これってバンナからすればエガちゃんポーズで「お前ぇ!ふっざけんなよ!」と喚き散らしてもおかしくない話である。
いや、実際そういう手を使う・使ったにしても、おおっぴらに言うもんなのかなと思う。
他には、K-1創成期に事実上一人で事務を取り仕切っていた石井氏は、チケットぴあの営業マンに配券をやらせた上に売り上げ報告書まで作成させたりしていたそうだ。さらに格闘技通信などの雑誌記者に選手のデータと写真を渡してポスターやパンフレットを作らせていたとか。
チケットの配券に関してはそれも営業の一部かなとも思うが、後者が問題だ。専門誌が一興行の運営に直接関与(というか直の広報)するってのは今更ながらジャーナリズムの体裁もクソもない話である。
…というか多分そんなことに一々こだわっていたら出来る仕事ではないんだろう。
 
自身の刑に関しても、「申し訳ありませんでした!」と冒頭では書いているものの、本編を読んでいるとそれに関して「ツイていなかった」とぽつぽつ繰り返していたりと、今一つ煮え切っていないところがうかがえる。さすがである。
たまたま私の知り合いにこの件に関して非常に詳しい人がいて、石井氏が「ツイていなかった」と言う理由の一端はわかったのだが、それにしたって明らかに納得していない様子が文面にもにじみ出ていて、良くも悪くもパワフルな人柄なんだろうなと思った。
 
今年はK-1 GPが行われないが、それに関して多分この世で一番「ちっくしょー!」と思っているのは石井氏だろう。
2012年は新体制を作りK-1の復活を計るんだそうだ。上手くいって欲しいと思う。
この先K-1が見事な復活を果たすのか、規模を大幅縮小し細々と続けていくのか、はたまた完全消滅するのか…それは判らないが、往年のK-1ファンは今だからこそ今後どんな動きがあるのか注目して欲しい。
そのための予習本として本書を手に取ってみるのはいかがだろうか。
『きむころ*4』とは比べるべくもないが、これはこれで面白いぞ。
 
おわり

空手超バカ一代 (Bunshun Paperbacks)

空手超バカ一代 (Bunshun Paperbacks)

*1:“マジで書けない話”が相当に多い業界だろうし、まだ立場のある状態でわざわざ自分から書くはずもないのだが

*2:組織は別だが極真会館とは友好関係にある

*3:ここいら辺の具体的な話がかなりハショられてて不満。周囲の人間の活躍とかが書かれていない

*4:木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか