けものがれ、俺らの猿と


【ネタ】…映画 けものがれ、俺らの猿と(2000) 監督:須永秀明 原作:町田康 主演:永瀬正敏
 
【説明】…金も家族もない脚本家が、取材先で様々なトラブルに見舞われていく不条理映画
妻に逃げられ、家主の義父から古屋敷の退去を命じられるも、金がなくて引っ越しもできない脚本家の佐志(さし)。そんな彼にある日映画脚本の仕事が舞い込んでくる。
しかし、プロデューサーの楮山(かじやま)に言われるがまま指定された場所に視察へ出かけるが、様々なトラブルが発生して…

 
【独断】…青春映画
全然「青春映画」なんかじゃない。
女房に逃げられ金もない30男が、ただひたすら不可思議なトラブルに見舞われるというだけの話だ。
各所レビューサイトを見ても賛否両論だし、私もこの映画を「面白いよ!」と素直にススメることなんて絶対にできやしない。でも大好きな映画である。
 
主人公の佐志は冴えない脚本家。妻に逃げられ、家主の義父からは住居の退去を命じられている。
その家も完全にゴミ屋敷と化し、物は散乱し虫が大量に湧いている。近所からも煙たがられて、家の外壁は落書きだらけ。おまけに日常的に粗大ゴミを庭に不法投棄される始末。引っ越したいが、金もなければ仕事もない。
どうにもならないそんな彼の前に、ある日、自称大物映画プロデューサーの楮山という男が現れる。
楮山は佐志に「ゴミ処分場を巡る環境問題をテーマとした、美男美女が活躍する恋愛娯楽映画」の脚本を依頼。楮山を胡散臭いとは思いつつも、数百万の取材費と高額な脚本料に目がくらみ、佐志はその仕事を承諾する。
しかし、佐志が楮山の指定する取材先に行くと、悉く不可思議なトラブルに巻き込まれていく…

 
一言で言えば本作は「不条理映画」だ。意味不明な話とシュールな映像とそれを過激に盛り立てる音楽で構成された、中身は全くないただ単に不条理なだけの作品である。
「ぴあ映画生活」というサイトではこの映画のカテゴリは「パニック」になっていた。たしかに無理矢理ジャンルで分けるとそうなるのかもしれない。
具体的に佐志がどのようなトラブルに見舞われるかはネタバレになるので書かないが、とにかく悪い夢でも見ているかのような常軌を逸した目に遭い続ける。わけのわからない出来事の連続に、佐志は次第に自分が経験していることが夢なのか現実なのかも定かではなくなってくる。
 
主人公が現実味のない世界で漂う作品といえば、有名なものでは『ねじ式』や『夢十夜』、『不思議の国のアリス』などがある。
私はそういう“曖昧な世界の話”はそれだけで好きだったりするが、本作『けものがれ、俺らの猿と』はねじ式みたいに官能的じゃないし、夢十夜みたいな美しさはないし、アリスみたいなオモシロ世界を見せてくれるわけでもない。ただ、奇妙で気持ち悪くてバカっぽい画が次から次へと出てくるだけだ。

 
だったらそんな映画の何が良いのかというと、主演の永瀬正敏さんが良いのである。
 
…え?
 
いや、私は別に永瀬さんのファンってわけじゃないんだけど、結構本気でそう思う。
私がこの映画をなんとなくながら大好きだと思えるのは、ハードボイルドっぽい雰囲気があるらだ。
実際にこんなもん(ヒドイ言い方)を「ハードボイルド」と呼んでいいのかどうかは判らないが、やさぐれた男が誰かに依頼されてパンクな事態に陥るってのは、どこか往年の探偵小説っぽくもある。で、その軸を作っているのが永瀬さんの演技なんじゃないかなぁと思う。
弱腰で情けなく、チンピラ的で、そのくせ良心は捨てていなくて、佇まいはどこか格好いい。そんな主人公をこの風変わりなシチュエーションの中で見事に演じきっている。
 
私は大学1年生の頃(2001年くらい)に初めて本作をWOWOWで目にしたのだが、この「曖昧な世界」と「歪んだハードボイルドっぽさ」が妙にツボにはまってしまい、さり気なく期待していたお色気シーンなんて1個もなかったのに結局最後まで見入ってしまった。
モラトリアムの時って、なんか世界そのものが曖昧に見えたりするだろう。自分が何でもできそうな気がしたり逆に何にもできなそうな気がしたり、可能性だけがぽんと置かれていて、経験も能力もなく、ただただ不安定。
私自身がたまたまそういう時に見たから、本作の曖昧でやさぐれた世界観がツボに来たのかなぁとも思う。
男たるもの、自由で、何も持たず、厄介ごとに巻き込まれる人生を送るべきだな。…と、無闇にそういうのに憧れた。
そういう意味で、本作は私にとって「青春映画」なのである。

 
さて、好き嫌いの分かれる物語はともかくとして、役者さんの演技は本当に素晴らしい。
主演の永瀬さんが格好いいのは前述したが、映画プロデューサーの楮山役を演じられている小松方正さんもまた凄くイイ。
喋りや笑い声、さり気ない一癖までもが一々胡散臭く、どこか不気味な迫力に満ちている。なんというか、朗らかな喪黒福造といった風情。変な話、私は楮山が喋っているのを見ているだけでも結構面白く感じられてしまう。

 
そしてそして、本作の目玉でもある奇人・田島役の鳥肌実閣下がまぁー最高にキモイ。
本作を初めて見た時、私は鳥肌中将のことを知らなかったので*1「この人本当にイカレてるんじゃないか!?」と思ったものである。実際、本当にイカレた人ではあるのだが、“そういう芸風”として本作でも突き抜けたものを見せてくれる。
…鳥肌中将も今では中年太りしてしまい完全にただの面白いメタボ右翼と化しているが、当時のお姿は本当に眉目麗しく妖しい魅力を放っている。ファンならば必見であろう。

 
面白さに関する保証は一切しないが、私が勝手に“青春”を感じてしまう本作『けものがれ、俺らの猿と』。
奇怪なシチュエーションが好きな人ならひょっとしたらハマるかも知れない。
このクソ暑い時期にぴったりの不快な映像で充ち満ちています。よろしければ是非。
 
おわり

*1:一応芸人さんです。多分