エマ


【出典】…マンガ エンターブレイン エマ(2002-2008) 作:森薫
 
【説明】…ヴィクトリア朝時代のイギリスを舞台に、貴族社会の光と影を穏やかに淡々と展開するストーリー
舞台は1890年代、ヴィクトリア朝時代のイギリス。階級社会が根強い頃の物語である。
主人公のエマは良家のガヴァネス(家庭教師)を引退してロンドンで隠遁生活を送っている老婦人・ケリーの下で使用人としての教育を受け、家事全般を一人で取り仕切るメイド・オブ・オールワークス(雑役女中)として暮らしていた。そこへある日、ケリーの元教え子で有力な貿易商・ジョーンズ家の跡取り息子・ウィリアムが訪れる。ウィリアムはそつなく控えめに応対したエマに強い関心を持つ。
数度の思わぬ出会いや連れ立って訪れた水晶宮での一夜を経て互いに惹かれあうようになったエマとウィリアムだが、2人の恋はケリーとウィリアムの友人でインドの王族であるハキム以外、祝福する者のないものであった。
次第に互いの想いを確認し固い絆で結ばれあっていく2人だが、厳格なる上流社会と平民との格差はこの絆を試すかのようにあらゆる試練を課していくこととなる。
 
【独断】…エマが煮えるからエマニエル夫人
一言で言って名作である。何かの間違えでハウス食品提供で4クールほど再アニメ化してくれないものかと思う。それくらいに名作。
貴族のぼっちゃんと、良くできたメイドとの許されざる恋物語。話の軸自体は、揺るぎないというかなんというか、初めからある程度オチが決まっている王道中の王道である。
ただ、描く側にとって王道というのはかなり難しいものだろうと思う。レールが敷かれているのは読者も分かっているのだ。ならばそこを走る列車そのものの質が直に問われるわけである。そして、その周りを彩る背景が如何に充実して美しいものであるか。
ラーメン戦争で例えるなら、至高の醤油ラーメンを作り上げてそれ一品で勝負するようなものだ。「とりあえず背脂入れときゃ誤魔化せるだろ」的なノリは一切通用しない。半端な萌え(背脂)なんて入れようものなら全てが台無しになる。
 
当然、そうなってくると画力や構成力も絶対的に必要になってくる。まして、19世紀のイギリスなんて、それだけで描くのが大変そうだ。常に資料と睨めっこだろう。しかも、連載当初の森先生はまだ蒙古斑丸出しの新人作家である。人気がどうという以前に、描ききること自体が至難の業だ。
…が、そんな心配を他所に、森先生の画力は回を重ねる毎にどんどんどんどん上がっていった。連載中、急激に絵が上手くなるのは若手作家によくあること、と言えばそうなだが、ちょっと異常なレベルで成長していった感がある。
森先生は、『エマ』の前身に当たる、英国メイド少女の日常を綴った『シャーリー』(2001)という作品も発表されているが、この頃は背景や小物なんかはわりと誤魔化し誤魔化し描いている印象だった。しかし、『エマ』の連載後半はそういった隙が全くなくなっているのである。
小物や背景もキッチリ描き込まれ、構図も非常に凝っている。登場人物達の所作、表情の機微も、細かく“正確に”描かれている。
私は素人だから、絵の貴賤なんて漠然としか分からないが、連載が進むに連れてどんどん彫りが深くなっていくヴィクトリア朝の世界を見て、「嗚呼、本当に名作になっていくな、このマンガ」と、自然とそう思わされた。
 
もともと森薫先生はヴィクトリア朝時代の英国文化が大好きなんだそうだ。
そもそも、その時代、その国の文化に明るくないと、こういう作品は描きようもないしな。「好きが高じて」とは言うが、とんでもないレベルになってしまったものだ。
ある意味偏執的ですらある。人間、多少バランス崩した変態の方が一芸には秀でる可能性が高い。
 
この物語は、登場人物がみんな“解っている人”で構成されている。
通常、恋愛物語には主人公カップルに理解を示す人と、そうでない人が、サブキャラクターとしてワラワラ登場する。しかし、『エマ』の場合は、主人公エマとその恋人ウィリアムスの交際をある意味誰もが“理解”しているのである。
「いやいやいや、登場人物みんなが交際に反対していたじゃない」と思われるかもしれない。確かに、ウィリアムスの親友ハキムと一部のキャラを除いて、誰もがその恋に反対ないし危惧を示している。
…のだが、これは各々の立場から反対せざるを得ないだけで、みんな心根では、二人の気持ちを“解っている”のだ。
一見わからんちんに見えるウィリアムスのオヤジなんかが一番顕著で、二人の恋を見て、自分自身にも思い当たるところがあったりするわけだ。
ハキムを初めとして、ウィリアムス母、ウィリアムス妹その1、ケリー老師、エロドイツ人、と、実は主要な人物達は「解決」の求め方が違うだけで、二人の恋そのものはみんな“理解”しているのだ。本当に解っていないのは、ウィリアムスが破談にしてしまった婚約相手(エレノア)の父親、キャンベル子爵だけだったりする(とはいえ、時代背景的には常識人の類なんだろうか)。
初めは真っ向から反対しても、エマとウィリアムスが真剣であることを知ると、大抵のキャラが最終的には折れる。
 
…こういった、キャラクター達の物わかりの良さというか、立場を演じる格好良さみたいなものが、ちょっとクサいところもあるのだが、総じて言ってキマっている。
まぁ、なんか舞台的というか、演じ過ぎな感じはあるんで好みは分かれるところだけど、穿って見なけりゃ問題ないです。
 
秋の夜長に自室でゆっくり茶でも飲みながら読むのが似合う作品だ。
決して松屋で牛丼片手にバラバラ読み散らかしてはいけない。作者が泣くぞ。私もこの作品に関しては「トイレでウンコをしながら読んではいけないマンガリスト」に登録している。
注意されたし。

エマ (1) (Beam comix)

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